スタンリー・キューブリックの古典的名作SF映画『2001年宇宙の旅』の序盤、フロイド博士が地球から宇宙へと向かう機内では、無重力を漂うペンをそばにして各座席に機内モニターがあり映画が流れている。到着した宇宙ステーションでは声紋認証によるセキュリティチェックを経て入室、さらにわずか1ドル70セントで地球とビデオ電話を繋ぎ、残してきた幼い娘と誕生日を祝う。
物語ではこの後、人工知能HAL
9000とともに木星へと向かうことになるのだが、このSF作品に登場する多くのものが既に実用化され、私たちの身近なところですっかり生活に馴染んでいる―宇宙へ気軽に行く未来はまだ来ていないが―
この映画が公開された1968年といえば、冷戦が緊張緩和に向かって動き出したとはいえ、東西の宇宙開発競争を競い合っていた時代だ。NASAによるアポロ計画が進行していたのもこの頃のことで、翌1969年にアポロ11号は現実に2人の人間を月へと連れて行った。
人類が宇宙を夢見た歴史は古く、古代ギリシアまで遡る。だが、具体的にSF作品として「宇宙へ行く」ことを意識しだしたのは、ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』からではないだろうか。1865年のことである。
この小説は、SF小説とはいうものの、FictionよりもかなりScienceによった作品だ。しかし、当時の読者たちは、ロマンとその冒険譚に心を躍らせたに違いない。
この作品の発表から約30年後、宇宙開発の父とよばれるソビエト連邦の科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーが、人類が宇宙へ行けることを科学的に証明した。残念ながら彼の存命中に人類は月の土を踏むことはなかったが、彼が宇宙開発のスピードを加速させたことは間違いない。
一方、東側アメリカでも大きな1歩があった。ロケット開発の父とよばれるロバート・ゴダードが、世界で初めて液体燃料ロケットの打ち上げに成功したのだ。だが、当時の新聞は「実験は失敗、墜落に終わる」と書き、ある意味で彼のことをマッド・サイエンティストのように扱ったという。だが、実際には、ツィオルコフスキーの理論を実験レベルに移した彼の1歩は、アポロ計画に繋がる大きな1歩であったことは疑いようのない事実だ。
このように、「空想」と「科学」は地続きの世界で、意外と近いところにある。 今日、生活に馴染みつつあるVRや3Dホログラムも、ほんの少し前まではSFの世界のことだった。技術が空想と現実を地続きにしているのだ。
これからどう働くかを考える前に、どう生きるか、どんな夢を追い求めるかにも想いを馳せて欲しい。子供の頃の夢を実現するのは、技術とそれを追求するエンジニアなのだから。
近未来、そこにはどんな世界が待っているだろう。
もう目前に迫っているものとして、自動運転や遠隔医療、ドローンなどが実用化されるSociety
5.0がある。Society
5.0というコンセプトは、IoTなどデジタル革新を前提としている。Society1.0から4.0までは、それぞれ、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会とされており、これまで人類が歩んできた道だ。これに次ぐ新たな社会を目指しているというわけで、そのために「今、ない何か」を実現しようとしているのだ。
こうして「数年前のSFの世界」と「明日の現実」を繋ぎ合わせているのが、他でもない半導体だ。理系学生なら必ず授業で触れる「半導体」はまさに最先端技術の宝庫だ。どんな産業や技術にも進歩と革新はある。しかし、機械的なものの多くは、機構的には成熟―仮にクルマが空を飛ぶとしても、ボディとシートという基本的な構造は変わらないだろうし、歯車の形も大きく変わるものではないだろう―していると言われている。
最近、半導体不足のニュースを目にする機会が多いと思う。自動車工場の稼働停止やPlayStation
5の品薄も半導体不足が一因となっている。さらには2021年7月末にアップル社は今後のiPhoneなどの製品供給に影響が及ぶ可能性を指摘した。
生活のなかで直接意識しづらい半導体だが、このように様々な最終製品の中に搭載され、私たちの生活に密着しているのだ。まさに、半導体がその製品の根幹だと言っても過言ではない。半導体が「産業のコメ」と言われる所以はここにある。
本節の冒頭で様々なものの技術は成熟したと指摘したが、半導体はどうだろうか。 実は、原理原則はすでに完成していると言われている。しかし、前述の通り半導体はSociety 5.0の根幹を成すものだから、その進歩を止めないためにメーカー各社は様々な取り組みをしているのだ。 今日の半導体の技術進歩はもっぱら「微細化」だ。単位面積あたりに、いかに細かく作り、積層させるかが課題となっている。 そのために日々研究されている技術の一つに、化学的なアプローチがある。例えば、ガスの原子1つ1つをコントロールして、表面を削り加工しようとしているのだ。 一見すると電気電子系や応用物理系のイメージが強い半導体も、それらを含めた様々な学系の知識と技術から生み出されているのだ。さらに化学系の活躍に言及すると、半導体の素材そのものや、加工に使用する材料の開発ももちろん行われている。 逆説的に言うと、最先端の自動車はもはや化学分野の結晶とも言えるかもしれない。
もし、理系人材としてどうあるべきかを考えているのなら―だから、SEMI FREAKSに辿り着いたのだろうが―自身の可能性を狭めず、まず興味を持っていることや好きなことについて調べてみてほしい。
一見すると自分自身と関係がなさそうなことであっても、まずは中を少しだけ覗いてみてほしい。 理系人材の進路は多岐にわたる。企業人として研究者や技術者になることも、文系就職することも可能だ。あるいは、アカデミックな場で研究者や教員になることも可能だ。いずれにせよ、道があることさえ知っていれば、自分自身で選択することができる。
もし、企業で働くことを意識しているのであれば、半導体関連産業も意識してほしい。ここまでで述べてきたように、半導体の裾野は広い。きっと、先端技術に触れながら自分自身の夢に関わりながら働くことができるはずだ。